雑記

ゆるっゆるのだるんだるん。

自分のサブカル度をチェックした




サブカル女(さぶかるおんな)とは。

自分の世界やこだわりを持ち、サブカルチャー(主流の文化に対する、少数派に支持されている娯楽・趣味文化)に興味を持つ女子のこと。

対義語にスイーツ(笑)がある。



おっと...これは...わたしだ...これはいかん


試しに、同ページにある「サブカル女子にありがちなこと」という項目が当てはまるかチェックしてみましょう。




△カメラは好きです。小学生の頃、Z会のポイントを貯めてチェキをもらい、今も現役です。最近は一眼レフを買うお金が無いので、トイカメラを買いました。フィルムは今4本目。安くないからろくに撮りゃしない。


  • 髪型がマッシュルームボブ
△菊池亜希子さんみたいな髪型ですかね。わたしはキノコではなく、ちびまる子ちゃんに出てくる暗い女みたいな髪型です。


  • 髪型が巨大なお団子
×そんなに髪ない。


×UNIQLOとGUと無印良品。異国情緒ファッションってチチカカみたいなアレでしょうか...。


  • mixiで好きな映画や音楽をズラズラと羅列
×趣味は他人に明かさぬ主義。


  • その時はやりの○○ガール
×今何ガールが流行っているの...(情弱)


  • チークが濃い
×チーク入れないマン。


×いや?


×いいや?


  • 背が低い
×平均。


  • 「歌詞の世界観が…」とか言う
〇うっ...。歌詞に意味なんてなくていいから、世界観が良ければいいから〜って言ってる...。歌でいいことを言われるの苦手なんです。井上陽水くらい意味不明であってほしい。


  • 美大生の彼氏を欲しがる
×美大生にこだわる意味とは。自分がイケメン美大生になりたいとは思います。


×飲み会の会場になった時、1回行ったきり。そのうち行くかも。


×使い方がわからなくて買ったことがない。けれど、この間ヘアアイロンで溶けたドライヤーに巻こうかと思っています。


  • ギター背負っちゃう
×背負いたくても持ってないし弾けもしない。悲しいかな。


  • 生足を見せない
〇常にストッキングかタイツを履いている。露出できるほどの脚ではない...。


  • 映画を一人で観に行く(単館上映モノ)
△基本一人行動なので、映画もほとんど一人。しかし、通な映画は観ない。



×なぜ?なぜなの?


×くるりは、たまーに好きな曲があります。あとはそんなに...。


×森見さんはむしろ苦手じゃな。


×さっきから出てくる人名が誰だかわからん...サブカル女子名乗れませんね...。


  • お香を焚く
×だから、なぜ????

(20170523追記:そんなやついるのか?と思っていたら、この間親しい友人(サブカル好き)がお香を焚いていて、びっくらこきました。年配の方でもなく仏教を信仰しているわけでもないのに、なぜ焚いていているのだろう.....別にそこまでお香好きでもなさそうなのに...なぜ..... )


×ヤマダ電機で買いました。pioneer。ビレバンは好きです。ビレヴァンって呼んじゃうくらい好き。よくガチャガチャを見に行きます。滅多にやらないけど。


×外国語かな?


×森見登美彦西尾維新もあまり読まない。


  • 大きめのダテメガネ
×ガチメガネならば。


×どっちもいいけど、ヨーロッパの方が行きたい。


×野菜は大好きだが、肉もないといかん。


  • クラブとバンドはステータス
×バンドやってる~という人がいると、いいなーと思いますがね。


〇え、いいじゃない古都。大阪も好きよ。たこ焼き。


×小学校で卒業。


  • ブログがあえて理解できないような文章で構成されている
×確かにわたしのブログは意味がわからないけれど、わかりやすい文章にしようと努力しているつもり。


〇あー、好き。


  • 肌が綺麗
×綺麗だったらいいのに...。


  • とりあえず売れてるものやメジャーなものを否定しておく
×否定は嫌いです。と否定する。いいものだから売れているのだろうし、ねぇ...。


△ロック好きです。


結果発表
〇4
△4
×28
でした。


あれ、意外とサブカル女子じゃないのかも。

明日からサブカル名乗るの辞めます。



サブカル人間だと思っていたのに、案外違ったわけですが...

わたしの思うサブカル女あるあるは、
・自分の音楽の好みが他人と合わないことが、悲しくもあるし嬉しくもある。
です。

みんな相対性理論聴かないんだ〜、やっぱ通なバンドだからな〜(優越感)
みたいなね。相対性理論は知っている人は知っているバンドなので、そこまでコアではありませんが。

ところで、通なアーティストって、例えば誰なのでしょう。ちょっと古いアーティストとか、テレビに出ないアーティストでしょうか? しかし、最近は音楽の多様化や音楽番組の減少により、通じゃない(みんなが知っている)アーティストがいません。今や、音楽において通という概念は存在しないのかもしれませんね。多様化のこの時代、一匹狼を気取って通ぶるよりも、自分の嗜好のみを真とせず、他者の好みや嗜好を受け入れて行きたいですね。



最後にひとつ。
ここ数年、サブカルを卒業しようと試みています。
EXILEを聴いておけばリア充になれるかな?と思って、たまに頑張って聴いています。

でも、ATSUSHIの声は地下鉄の騒音に負けてしまうのであまり聴かない。だめだこりゃ。

学校の勉強って何のためにやるの?



勉強ってなぜやるの?

勉強って何のためになるの?


ほとんどの人がそう思ったことがあるでしょう。または、子どもに訊かれたことがあるかもしれません。



先にわたしの答えを言うと、

「意味や利益がなきゃ、何もやる気にならんのかーい!!!!」

という本音は置いておくとして、

現代社会において勉強は「いい学校に行っていい職業に就くため」にやるものだと感じます。

勉強は何かのためになります。何のためになるかはわかりません。しかし、無意識のうちに役に立っているようです。思いがけない時に、「役立った!」と思うことがありますよ。





この先は自分のためのメモですが、ご興味のある方はどうぞ。

あくまで個人の意見で、正しいとは限りませんのでご理解ください。



わたしの教育に関する考えを述べる前に、わたしが勉強をどう考えているのか、どんな性格なのかを書いておこうと思います。


わたしは、知的好奇心が強い性格です。色々知りたくて本を読んだり、気になることがあれはすぐ調べたりします。


また、大学の授業は、興味のあることを学べるのでおもしろいとわたしは思います。

興味のない授業はつまらないけれど、やりたくないことをやるのも経験として必要かな、と思い込んでやっています。単位としては必要ですし、レポートを書くという作業も、文章能力を高めるのに多少は役立ちそうですし。

受動的で反抗心が薄い性格、どんなことにも意味を見出してやる気を出していく性格なのでしょうね。


しかし、そんなわたしも高校までは

「勉強なんて、なぜやらなきゃならんのだ」と思っていました。


特に数学です。

わたしは中学2年生の時、数学で挫折しました。学校が難しい教材を使っていたり、授業進度が速かったりで、ついていけなくなりました。加えて、授業がつまらなくて寝てしまったのですね。寝たくて寝ていたわけではありません。真面目系クズというやつです。


高校では、教科書でない難しい教材を教科書代わりにされ、それを元に授業が進みます。お陰で余計に数学ができなくなりました。普通の教科書を読んでもよくわからないのに、より難易度の高い教科書を読まされ、尚更チンプンカンプンでした。


他にもわたしのような人が何人かおり、一番馬鹿なクラスに入れられ(数学は学力別にクラス分けされていたのが唯一の救い)、劣等感に苛まれながら大量の宿題と向き合う日々でした。

その宿題も頭のいいクラスに合わせて出されたものなので、わたしには全く解けません。でも、できない人を特別扱いするわけにもいかないということで、「わからないなら答えを赤ペンで丸写しするのでもいいから、課題を提出しなさいね」というお許しをいただき、真っ赤になった課題を提出していました。


それでも、少しは理解したい。そう思ってまじまじ答えを眺めるのですが、意味が分からず。そんなことをしていると、結局、課題提出前夜になっても終わりません。真夜中に半泣きになって答えを写すことになります。「こんな夜中に睡眠時間を削って一生懸命課題をやっているけれど、なんの意味もないただの作業なんだよなぁ」と思うと、虚しくて虚しくて悲しかったです。


テストもとても難しかったです。時には学年全体の平均点が30点代になりました。頭のいい人を混ぜても30点なのですから、われわれ数学苦手人間は0点です。0点が何人もいました。何人も0点がいるとはいえ、「わたしって駄目だなぁ」と傷つきましたね。

幸い国語はまあまあできましたし、部活を頑張っていたので多少のプライドは保たれました。



こんなことをして、何の勉強になるのだろう?と、数学をやっているとよく思いました。


たしかに、数学を勉強すれば論理的思考力を育てることができると思います。

でも、インテグラルやシグマを使ったような難しい計算は、実生活では使いませんよね。それを、適性のない人間にまで教え込む必要があるのでしょうか...と思ってしまいます。


せめて、数学が苦手な人には苦手な人向けの優しい数学を教えてほしいものです。


とはいえ、個人に合わせた教育をしている暇などありません。それに、個人個人で違うことをしていたら、成績評価をしづらくなってしまいます。なかなか難しいですね。



国語、数学、英語、理科、社会...

どれも全く無駄とは言えません。かと言って、実生活に役に立つかと言われたら、100%そうだとは言えません。

実生活で即役に立つことだけが価値があるわけではないけれど、すぐ役に立たないことは無価値に思えても仕方がありません。意味がないことはするべきではない、という世の中ですから、子どものやる気が起きないのももっともです。


まあ、世の中意味や目的が明確なことの方が少ないのです。問題が起きてから対処法を考えるのでは遅いので、未然に学力や知識を身につけておき、対処できるようにしているのです。ですから、安易に、すぐに、意味を求めることはお門違いというところもありますが...それはさておき。




実際問題、今の教育は受験のための教育です。いい学校に行き、いい企業に勤めるための教育です。試験の時さえどうにかなれば、後は勉強した内容なんて忘れたっていいのです。




突然ですが、ドイツの話をします。(大学の授業の受け売りです)



ドイツは資格社会で、何の仕事に就くにも資格が要ります。販売員になるにも、販売員の資格が必要です。


したがって、ドイツの小学生(正確には小学生相当の子ども)は次のような進路選択をします。

①将来は資格を取り職人になる→職業専門学校に行き職業訓練をする(60%弱)

②将来は学問を極めるか、管理職に就く→大学進学を目指す(40%強)


すごいですよね。小学生のうちに進路を決めるのです。


ちなみに、ドイツの大学進学率は40%程度です。これでも増えたらしい。日本は50%程度で、世界的には多い方ではありません。


f:id:wataamepeople:20170208003920p:plain

文科省より、大学進学率の各国比較。OECDの調査。http://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/giji/__icsFiles/afieldfile/2013/04/17/1333454_11.pdf



幼いうちから進路について考えるのは、いいことですよね。


また、自分の就きたい職業に就くために勉強し資格が取れるのですから、やる気が湧きそうです。



しかし、いいことばかりではありません。


早くから進路選択してしまうことで起きる問題もあります。

自分のなりたい職業に必要な学歴と、自分の学歴が合わないこともしばしば。


また、資格が取れないと就職しづらくなるので、もし不登校になったり何らかの事情で学校に通わなくなったら大変です。無職になるかもしれない。実際、資格がなくて職に就けない人が増えて困っているらしいです。


他にも、資格を安売りしてしまうことで色々おかしくなったり...。




一方日本は、中学、高校までは皆同じ教育を受けますよね。

それから、会社に入ってから仕事のノウハウを教えてもらいます。このような職場に入ってからの職業教育をOJT(On-the-Job-Training)といいます。この言葉はWikipediaにも載っています。

また、資格がなくても就ける職業も多くありますし、職業に就いてからどんな仕事をするのか(営業か、事務か、経理かなど)決まる仕事もあります。


日本では、職人よりもオールマイティ人間を求める傾向にあると言えますね。

そして、資格の有り無しよりも学歴や人柄で判断されるという部分も、ドイツとは違います。


ある意味、ドイツより気楽なところもあるかもしれませんね。現実は就活が大変ですが。



ちなみに、日本以外の国ではほとんど、新卒の一括採用をしないそうです。

よって、ドイツでは大学在学中から就職活動をする学生が少ないらしい。日本は在学中に職を得ないと駄目人間、みたいな風潮がありますからね...タイムリミットが明確でないという点ではドイツの方が気楽かもしれません...。




話は戻って、

勉強を何のためにやるか、についてですが。



何かに直接役立つともいえない漠然とした勉強をすることは、良くないことだらけに見えるかもしれません。

しかし、もし日本が資格社会で、資格のためだけの勉強をしていたらどうでしょう。


全体的な職業において役立ちそうな勉強をすることで、我々は自由を得ている側面もあるのではないでしょうか。何か一つに長けていなくても、とりあえずある程度全体的にがんばれば仕事を得ることができるのです。



わたしは、この教育がいいとは言いません。あくまでわたし個人の意見ですが、むしろ、改善すべきだと思います。


そもそも、国語、数学といった五教科だけでは測れない能力もありますからね。教科も見直してもいいかもしれん。


具体的なことを言えば、国語から古典・漢文を切り離すなんてどうでしょう...?

古典や漢文は「自国理解」的な科目でやることにして、国語ではもっと現代文法や敬語などを勉強するのはどうだろう?と考えました。

文学部の人間として、古典漢文がなくなるのは寂しい気がしますが、あれ、豊かな教養にはなりますが直接的には役立ちませんからね。




誰に向かって話すでもなく頭の整理のために色々書きましたが、だいたいこんな感じかな。

未来ではもっと楽しく勉強できたらいいな、と願っています。



★ドイツの教育・職業教育をもっと知りたい!という方はこちらをご覧下さい。

https://shukatsu-mirai.com/column/education_system_of_germany/

http://www.newsdigest.de/newsde/news/featured/6085-980.html

http://www.city.amagasaki.hyogo.jp/dbps_data/_material_/localhost/sosiki/004/koryu/augsburg-seinen-hokoku014.pdf

http://www.jil.go.jp/foreign/labor_system/2004_6/germany_01.html

ヨーグルトをコップに入れた時につく線みたいな跡



ヨーグルトをガラスの器に入れた時につく線みたいな跡


変な模様ですよね。何とも形容しがたいシマシマ模様...


まじまじ見るとちょっとキモい。


これって何かな?と思ったら、Yahoo!知恵袋にこんな質問がありました。画像つき。



http://m.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/q1493904394



平和ですね。


たしかに、ビールジョッキなんかは洗い方によって泡のつき方が変わりますよね。綺麗に洗うとリング状に泡が付きます。そんな感じに、コップをよく洗っていなかったから跡がつくのだと勘違いしたのでしょうか。




分離した乳タンパクが移動した跡、ということらしいです。



この線に名前をつけるとしたら何でしょう。

少し考えてみました。



・乳線

・ヨーグルト線

・ヨーグルトのシマシマ


いい感じの名前が思いつきませんでした。

名付けって難しい。