雑記

ゆるっゆるのだるんだるん。

声を出して笑うこと



このブログに、胃腸が弱いことで起きる現象、鼻が悪いことでどうなるとかやたら書いてますけれど...


こういう病弱アピールが過剰になると周りに心配をかけてしまうからやめよう、と普段は肝に銘じています...。


もちろん、周りに体調が悪い人がいたらすごく心配です。しかし、「あ〜、頭いて〜。昨日もあんまり寝られなくてな、しかも滅茶苦茶腹痛い。あ〜、頭いて〜」という人にならないようにしたいな、と思うのです。


というのは、先日かかった胃腸炎が未だに治らないためです。「胃腸炎治んね〜。あ〜、はらいた」と言わないようにせねば。






本題です。

子どもの頃からの疑問について書こうと思います。


人は、どこで声を出して笑う方法を覚えるのでしょう?




わたしは昔、自然に声を出して笑うことがありませんでした。たぶん。


自我がなかった赤ちゃんの頃は、よく笑う愛想のいい子どもだったそうです。抱っこしただけで嬉しそうに「えへへ〜」と笑い、夜泣きも少なく、手間がかからない子だったんだよ〜、と母。これが人生のピークだったのでしょうね。



でも、大きくなってからよく言われるのが、


「あんた、赤ちゃんの頃に一生分笑っちゃったんだね...」


です。

小学生の頃にはこう言われていました。どうしちゃったんでしょうね。



笑うとしても、ちびまる子ちゃんの根暗そうな女(名前は知らない)程度の笑顔です。


あの人の名前も知らないのですが、高校の部活を引退するとき、後輩からこの人の絵が入った靴下を貰いました。「は?これに似てるってか...?」と地味にショックでした。

とりあえず後輩、ありがとう。今も履いてる。



いつの間にやら、赤ちゃんの頃はできていた「声を出して笑う」ことができなくなっていたのです。片唇を吊り上げたニヒルな笑い方しかできません。

ですが、中学生になったわたしは思いました。



「友達は、周りが声を出して笑っていた方が嬉しそうだな...」

「確かに、わたしもリアクションをもらえた方が嬉しい」

「しかし、声を出して笑うって、どうすればいいんだ...?」



笑いは人間関係の潤滑油です。

その必要性に気づき、わたしはニヒルな笑いを卒業し、快活に笑おうと決心をします。

しかし、笑い方がわからん。



本当に困りました。

「ははっ(乾いた笑い)」とは言えるのですが、これでは笑われた方は馬鹿にされたようにしか思えません。


わたしの笑いには、感情がこもらないのです。小説のセリフを読んでいるような感じが抜けない。「笑っている」というより、「言っている」感が強いのです。

さて、どうしよう。



とりあえず、身近な人を観察しまくりました。その中で、笑い方がいいなぁと思う人を見つけ、真似をすることにしました。



笑い方って実に様々ですよね。

私の中高時代の友人は特に凄い。グラウンドの端から端まで響き渡るような笑い声でした。「うふふふふふふふふふふふ!」って感じです。特徴的なので、よく男子からネタにされてましたね。

でも、こうやって感情を表現できるのが羨ましかったです。真似はしませんでしたが。




結局のところどうなったかと言うと。

完成度は低いものの、とりあえず少しだけ声を出して笑えるようになりました。


1人でギャグアニメを見て、「ははっ」と言えるくらいには成長しました。ただ、その度(自分の笑い方気持ち悪っ)と思います。よかったのか、これで。


友達がリアクションを求めている時があれば、多少笑いを返せるようになりました。

いまだ、「〇〇ちゃん(わたし)って、リアクションが薄すぎてやりずらい」って言われますけど。辛い...。もっと大げさに喜怒哀楽を表現できるようにが、ん、ば、り、ま、す、ね...(血涙)



コミュニケーションって難しいですね。

以上、便座の上からお送り致しました。お腹痛い。